必見!花火の選び方
塾の勧誘を受けた長男
読書ノートを用意する 子供を読書好きにするために
QUUTで全力砂場遊び

そういえば私も宗教二世

※当ブログは広告を掲載しております

 

私の父はエホバの証人

育児猫の父は、育児猫が生まれたときにはエホバの証人の熱心な信者でした。

 

www.ikujineko.com

 

エホバの証人は、キリスト教の一派ではありますが、カトリックプロテスタントからは異端とされています。

三位一体を否定しており、キリストを神と認めず、十字架を否定しています。

輸血を拒否するのも有名ですね。

 

エホバの証人の活動は主に

火・日2時間ずつの集会。

日曜の集会の後、2時間の奉仕活動。

 

これとは別に年に2回ほど、大きな大会が地方ごとに行われていました。

 

幼い子供にはかなりの負担だと思います。

 

洗脳されたとまでは言いませんが、幼いころの育児猫は本気で神の存在を信じていましたし、良い子でいれば楽園に行けると思っていました。

今でもそういう教えを信じている方はいらっしゃるでしょうし、別に否定する気はありません。

 

ただ親が何かの宗教を熱心に信じている場合、子供に選択肢はありません。

さいころから聖書を読み、エホバが唯一の神だと教えられ、クリスマスや誕生日も否定。

偶像崇拝も禁止。

国旗掲揚・国歌斉唱も禁じられていました。

小学校に上がるとクラスのほとんどの子が、育児猫の目からは異端者に見えました。

 

ただでさえ周りに溶け込むのが苦手だった育児猫を、さらに孤立させたのが宗教だったように思います。

 

宗教から救ったのは知識だった

育児猫の場合、エホバの証人から完全に脱したのは18歳の頃です。

 

しかし信仰心という意味では、育児猫がエホバの証人を信じていたのは中学生くらいまでだと思います。

育児猫は本が好きだったので、たくさんの本を読みたくさんの宗教があることを知りました。

友人の中には熱心な仏教徒もいて、しかもとてもいい子でした。

 

たくさんの宗教を知って思ったことは、

「例えばイスラム教が盛んな国に産まれた善人をエホバは救わないのだろうか?」

という素朴な疑問です。

 

エホバの証人の理屈で言うと、救わないはずです。

でもそれって不公平すぎる。

神ってもっと公平であるべきなんじゃないの?と思ったのが、エホバの証人から心が離れたきっかけです。

 

それからたくさんの宗教の本を読みました。

様々な宗教の集まりにも参加しました。

しかしどの宗教にも、同じような不公平さを感じずにはいられませんでした。

 

最終的に育児猫が出した結論は

「私が望むような神は存在しないのだろう」でした。

 

そして今でも育児猫は無神論者で無宗教です。

 

最近問題になっている宗教二世の問題

育児猫も大変でしたが、最近問題になっている統一教会の二世信者の方と比べたら、まだまだマシだったなと感じてます。

父は「お父さんさえ信じていればお前たちは救われるから」と言って、私たち子供が成長してからは信仰を強要しませんでした。

これはエホバの証人という宗教の特性ではなく、父がそういう人だっただけだと思います。

 

また統一教会の方の様に、高いつぼを買うとか、先祖の供養に何百万とかいうことは一度もありませんでした。

少なくともエホバの証人には献金は存在しませんでした。

ただ『清貧』という考え方は根付いていたように思います。

金持ちを目指すことは恥ずかしく、『悪』だとどこかに書いてあるわけではないけれど、そう感じていました。

 

先にも書いたように、親が何かの宗教を信仰している場合、子供には宗教の自由は存在しません。

唯一の逃げ場であるはずの家庭が、自分に合わない宗教を押し付けてくるとしたら、子供に救いなどないですよね。

統一教会の2世信者の方の苦労は、大変なものだと思います。

 

子供に宗教の自由を与えてほしい

どんな宗教でも子供に教えるときには、

「ほかに実はこんな宗教もあるんだよ」と、

様々な宗教があることを教えてほしいものです。

 

「1つの宗教が絶対正しい。他は悪で間違いなんだ」

みたいな教え方は、子供の視野を狭め不幸にすると思うのです。

 

小学校で宗教の授業があっても面白いかもしれませんね。

親が何かの熱心な信者だったら、猛反発するかもしれません。

でも子供には子供の「宗教の自由」があり、それはもっと尊重されるべき権利です。

 

またあらゆる宗教の儀式や研究などの場に、15歳未満の子供を連れてくるのを禁じてもいいと思います。

15歳くらいまではあらゆる宗教を学んで、自分で宗教を選択するのです。

 

結局ある程度以上の信者を持つ宗教であれば、根本的な考え方はそれほど変わりありません。

神の名と祈り方や儀式が違いますが、宗教では「自分と人を大切に」ということが学べれば十分ではないでしょうか?

親と同じ宗教を選択してほしいなら、子供から見て

「お父さん(お母さん)みたいになりたい」と思われるように生活すればいいのです。

 

ちなみに育児猫家の子供たちが通っている幼稚園はカトリック系です。

聖書の時間があり、讃美歌を歌います。

子供にはよく「神様っているの?」と聞かれていました。

育児猫はいつも「わからない」と答えていました。

「お母さんも会ったことはないの」と。

「でも世界中にはたくさんの神様がいて、どれか本物かもしれないね」とも話しています。

 

子供の時から、宗教に触れるのは悪いことではないと思うのです。

自然の美しさや恐ろしさの中に、畏敬の念を抱くのは自然なことでしょう。

育児猫自身、美しい虫や鳥などを見ると

「これが本当に偶然の産物だろうか?」とよく疑問に思います。

 

でも、子供を一つの教えに縛ることはいいことではない気がします。

出来れば我が子には、神に頼らずとも幸せに生きていける強さを身につけてほしいと願っています。

 

では今日はここまで。

諸事情により、ランキングボタンかなり下に設置しています。

よろしかったら1クリックで応援お願いいたします(*- -)(*_ _)ペコリ