「鬼」がお題なのは、もうすぐ節分だからですかね
育児猫が子供のころ、父が「エホバの証人」だったこともあり、家の中で節分の豆まきをしたことは一度もありません。
保育園ではあったのですが、おいしくもない豆を男子と競って拾う謎の行事に、テンションが上がることもなく、かといって先生がお面をかぶっただけの鬼におびえることもない、冷めきった子供だった気がします。
育児猫の子供たちは怖がりなので、節分の日に旦那に鬼のお面をかぶらせて豆をまくというイベントはまだやったことがありません。
また5歳未満には乾燥大豆は食べさせないほうがいいということなので、豆をまくこともまだしていません。
でも何にもないと寂しいので、お菓子をまいています。
しかも旦那がまきます。
つまり育児猫家では、節分は『旦那がまくお菓子を子供たちが競って拾うという謎行事』と化しています。
コロナが収束して、子供たちが豆を安全に食べられるようになったら、神社の豆まきに参加しに行きたいと思います。
今年は残念ながら無理そうなので、またお菓子を旦那にまいてもらうことになるでしょう。
まぁ子供たちはその方が楽しそうだからいいんですけども、「本当は節分ってこういう行事なんだよ」という話は絵本を利用しながら話すようにしています。
鬼の漫画
そんなわけで育児猫には節分の思い出はない訳ですが、鬼について何か思い出ないかしら?と記憶を探ったところ、最初に思い出したのは漫画でした。
茶木ひろみさんが書いた『銀の鬼』という少女漫画。
ご存じの方いらっしゃいますでしょうか?
実は育児猫は漫画が大好きですが、少女漫画はあまり好きではありません。
そんな育児猫がハマった数少ない少女漫画の一つが『銀の鬼』。
主人公の女の子と人間の心臓を食べて生きている鬼との恋愛ストーリーです。
まぁまぁホラーでもあります。
読みたくなる人のために細かいストーリーを書くのはここでは避けておきますが、育児猫がすっごく心に残っていて、いまだに影響を受けている内容について少しだけ書きたいと思います。
鬼の「十年(とね)」は人、特に若い女の心臓を食べるのが大好き。
普通の女子高生である「ふぶき」は、怖がりながらも鬼の「十年」を愛してしまいます。
そこで「ふぶき」は「十年」になんとか人間の心臓を食べるのをやめさせようとします。
「十年」が「人の心臓はチョコレートケーキのように甘くおいしい」と話すため、「ふぶき」は美味しいチョコレートケーキを作り「十年」に食べさせることで、心臓を食べなくて済むのではないかと考える・・・のですが。
という話が、「銀の鬼」の中にあったのですよ。
「銀の鬼」は絵もきれいで、話もなかなかインパクトが強かったこともあり、その話がすごく心に残ったのですよね。
たぶんこの漫画の影響だと思うのですが、育児猫の中では「血=チョコレート」という謎の等式が成り立ってしまっているのです。
私は鬼じゃないんだけれど。
育児猫は、生理中に絶対にチョコレートを食べたくなります。
しかもすっごく濃いチョコレートを食べたくなるんですよね。
みんなそうなんだろうと思っていたのですが、必ずしもそうではないと知った時に自分が「銀の鬼」に影響されていることに気づきました。
育児猫はチョコレートを食べることで「失われた血を補給できる」というイメージを持っているんです。
育児猫にとって「銀の鬼」の思い出は、多感な時期に読む漫画や小説は、一生影響を与えることもあるんだなぁと感じる出会いの一つです。
多分育児猫が「銀の鬼」を読んだのは小学4・5年生のころだったと思います。
長男は現在小学3年生。
そろそろそんな出会いがあるかもしれませんね。
そういえば先日長男が読んでいた本にも鬼が出てきました。
全4巻。安倍晴明が主人公のお話でした。
長男に勧められて、育児猫も読みましたが、まぁ長い!
でも結構面白かったです。
ちなみにこの本に登場する「鬼」は死者を秘術でよみがえらせたもので、どちらかというと「ゾンビ」っぽいものでした。
怖がりの長男が、こんな話を読めるようになったのだなぁと成長を感じることができました。
今でも読み聞かせは「サンタクロースと小人たち」なんですけどね。
最後に
鬼ってたぶん、昔の日本人が出会った白人の方だったのではないかなぁ?ってよく思います。
何かの理由で漂流した白人の方が島に流れ着いて住み着いて、それを見た現地の人がでっかいし、髪の色も目の色も違う、言葉も違う。
怒ったり興奮したりすると赤くなるし、通常時はありえないほど白い。
そんな理解できない存在を「鬼」と定義したのではないかなぁって。
まぁただの想像なんですけれどね。
ということで今日はここまで。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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